下書き、いつか物語は始まる。はず。
俺は言葉に殺された。
正直なところ、言葉に殺されるヤツなんてこの国の歴史でしか見たことは無かったし、ましてや自分が殺されるなんてことも想像していなかった。俺の生きてきた18年間の間には、言葉で殺される事件なんてなかったし、そもそもかなり平和だったせいで、政治家たちがなんの価値もない議論を繰り広げて、なんとなく国家は俺たちが創っているんだ、という痛い態度をとっていたくらいだった。
異国の地では、言葉の暴力だとかなんだとか言って、罵声を浴びせられた野郎が自殺することもあるらしい。それも、大人に限らず子どもも同じくだというじゃないか。ったく、世も末かよ。
ただ、事実として、俺は殺されたんだ。
正確に言えば、殺されてはいない、ともいえる。
とにかく、奪われたんだ、俺の大事なモノを。
犯人は分からない。1つわかっていることは、俺の”辞書”と”名前”を持っていることだけ。
俺が話す言葉は辞書に載っていた言葉の記憶でしかない。俺らは辞書が無いと言葉を操ることはできない民族だ。記憶、という言葉を忘れちまった時、どうなるのか、なんて想像したくもないが、そのうち記憶の中の言葉たちを忘れていけば、脈絡もないしゃべりになるだろう。そして、「あれあれ」とかいいだすんだろうな。ふっ、笑える。元来無口な俺らしいといえば、そうなのかもしれないが。
まあ、なんでもいい。とりあえずこのまま、ぼんやりと生きているような死んでいるような状態でふらふらとしていれば、そのうち誰かがそこにある俺の体を回収して、焼却処分してくれるだろうし。そしたら、俺も間違いなく死ねる。別に死んだって困るようなヤツがいるわけでもあるまいし。しいてやり残したことがあるとするなら…
そうやって、俺が「自分がこの先死んでいく」という事実に整理をつけようと、神聖で清らかな時間を過ごしているときに、バサバサと不快な音とブワっと大きな風を巻き上げなら近づいてくるものがあった。カチカチとその嘴のようなものを鳴らしながら、そいつは俺に話しかけてきやがった。
「やっと死んだか!いや、間違えた、奪われたんだったよな。ははっ、お前ホントに綺麗に名前と辞書だけ!おもしれえ、おもしれえ!今夜は収穫がでけえぜ。おっと、笑すぎたか。ひひっそんなビビった顔すんなよ、なあ?」
「お前はだれだ。いや、間違えたな。お前、ナニモノだ?」
「てめえ、奪われた身分だからって、誰彼構わず殺気立ててんじゃねえよ。」
ナニモノかわからない”それ”は、俺から出ているらしい殺気をはねのけるように、明らかに不機嫌そうな低音で初めて俺自身と対峙した。”それ”は、俺の記憶に残る言葉で言えば「烏」に似たような見た目だったが、俺の記憶違いかどうか判らないが、そいつにはどうやら足は3本あるらしい。濁った暗闇の中で分かるのはそれくらいで、奪われた今の俺にとっては、特にどうでもいい話だった。くそ、殺された上に、こんな得体のしれないヤツに絡まれて、ほとほと、世も末かっての。
「ったく、これだからこの世界のヤツは嫌いなんだよ。神直々に助けに来てやったってのによお、え?」
なんだその見下すような目線は。こっちこそ、てめえみたいな得体のしれない神とか言う――――?
「てめえ、今神っていったか?それに助けるってどういうことだっ!?」
「突然必死こき始めやがったな、クソガキ。生意気なその態度を少し改めたらどうだ?まあ、いいか。しかたねえ。その生意気な口を利けるのも、今のうちだろうからな。」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ!俺は助かるのか!?」
正直、助かりたいという前向きな感情が自分の中にあったことに驚いたし、なにより助かるってどういうことだ?
「教えてやるよ、お前は奪われた。名前と辞書だ。お前の名前と辞書はあと数ヶ月の内に、別の人間のものになる。同一人物『アカツキ』として、お前の人生を生きることになる。そして、俺はそいつの復活を妨げに来た。だから、お前を助ける。」
「はあ?どういうことだよ!わかりやすく教えろって!」
「てめえ、本当に頭悪いんだな。コッチは時間がねえんだ!ったく。一言でいえば『きざみ屋』がこの世の言葉を全て消し去ろうとしてるってことだよ!!!わかったか、こら!」
こんな口の悪い奴が神だと思った俺が間違いだった。『きざみ屋』については学校の歴史でちょっと習ったくらいの知識しかないが、そんな悪魔のような組織は根絶やしになっている。
「はっ。信じた俺が間違いだったぜ。『きざみ屋』なんて、カタツムリに足が生えたような話信じられっかよ!」
「…嗚呼、ベアトリーチェよ。われは、こやつを救わねばならぬのでしょうか…神とは哀れなものですね…。」
肩のような羽のような部分をのっそと下して、大きなため息が聞こえる。またひゅっとつむじ風が起きた。
「私は、神だ。そして全人類を『きざみ屋』から守らねばならない。だからお前の力が必要なのだ。信じるかどうかはお前次第だ。助かりたくば、ついてこい!」
先ほどのっそと気怠そうに落ちた部分は、ぎぎぎぎと聞いたこともないような音を立てて、優に100mを超えるくらいにまで、雄大に広がっている。まぎれもなくそれは、翼であったが、羽根の内側に広がるのは宇宙のようなきらめきで、やはりそれが羽根なのかなんなのか、アカツキには理解しがいたいものだった。注視しなければ、真夜中の深い闇に溶けて見失ってしまいそうな、しっとりとした黒をまとった「神」。
「ちくしょー!神なら謝礼はうんとはずめよ!人間にはできないくらいにな!」
アカツキの捨て台詞には、鼻でふんと答えながら、いささか神のほほえみとは思えないようなニヒルな口元をちらつかせながら、神と俺は冷たい空気をつんざきながら飛び立った。神の3本の足にはいつの間にか、俺の死体が握られていたのだった。
***
たぶん続きません。(笑)
気分で書きました。